ほっこりレター ~ 私が看護師になるまで ~

< 私が看護師になるまで > 見谷メディカルサービス M・S

私は能登の段々田んぼの自然豊かな田舎で育ちました。祖母と両親と弟の5人暮らしで、共働きで忙しい両親にかわって、祖母が面倒をみてくれていました。大正時代産まれの祖母は、「長男がいるんだから、いずれは家を出ていかないといけない。人の為になる仕事について、自立しなさい。」と良く聞かされ育ちました。

そんな厳しい事もサラッと言ってしまう祖母でしたが、いつもは優しく、おばあちゃんが大好きで、将来は、おばあちゃんに恩返しできるような仕事はないかと小学生の頃に思っていたのが最初でした。それからは、介護施設へボランティア、その頃参加していた郷土芸能の歌を披露しに慰問したりと、介護のお仕事に触れる機会があり、介護福祉士になることが私の将来の夢でした。

高校生になり、迷いなく介護福祉士になりたいと思っていた私でしたが、母と担任の先生から「人と接する仕事は向いていると思う!でも看護師はどうや?介護施設でも働けるよ」とそそのかされ、『人のためになる仕事だし、将来介護施設で働けるなら看護師でもいいかなぁ』と単純な私は看護師に方向転換しました。

今、介護施設でのお仕事をさせていただき、いろいろな利用者様とお話をさせていただき、毎日教わることばかりです。これからは、看護師として、皆様が健康に過ごして頂けるように精進していこうと思います。これからもよろしお願いします。